大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)2143号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と争点〕一、債権者浦埜喜逸は債務者原告に対し抵当権の実行として訴担保債権元本七万円遅延損害金一万一、七三八円につき本件家屋の競売申立をし、大阪地方裁判所は昭和三二年二月一一日不動産競売開始決定をした。
二、原告は、同年三月六日喜逸を相手方として阿倍野簡易裁判所に債務減額支払猶予の調停申立をし、同年五月二日右競売開始決定にもとづく競売期日を同月二八日とする旨の通知を受けたので、同月一三日の調停期日に、右競売手続の停止方を喜逸に求め、双方間で内金一万円の支払があれば喜逸において競売手続を延期する旨の合意が成立し、次回調停期日の同月二三日に右一万円の支払がなされた。
三、しかるに、喜逸は右延期申請を裁判所にしなかつたため、本件家屋は同年五月二八日の競売期日に代価八万八、〇〇〇円で競落され、その競落許可決定は確定し代価は支払われた。
四、原告は、前記二の合意により競売期日は調停成立時まで延期されるものと信じ、かつ右競落の事実を知らないままに、同年六月二〇日の調停期日に、本件借受金七万円の返済についての調停を成立させた。と同時に、原告は債務整理のため本件家屋の売却を決意し、調停進行中に不動産取引業者等に売却の周旋を依頼し、代金二八万円の買主を獲得し得ていた。
五、原告は、喜逸が原告との約旨にしたがい競売手続を停止していたならば、当然右成立した調停による分割弁済金の完済により本件家屋の競落を避けられた筈であるし、喜逸もまたこのことを予知し又は予知できた筈である、しかるに、喜逸がこの措置をとらなかつたため、原告は本件家屋の所有権を喪失し、右二八万円と残債務との差額の損害を蒙つたので、喜逸は不法行為責任として右損害を賠償すべきである、と主張した。
六、これに対し被告ら<喜逸の相続人>は、原告主張のとおり喜逸が競売手続の延期を約したとしても、調停成立の日には既に本件家屋の最高価競売申込人が保証金を執行吏に預けて競買価額の申出をしていたから、その同意なくして競売申立を取下げることはできなかつたし、競売手続の進行は競売をなすべき裁判所の職権によるものだから、債権者が競売手続の延期を求めても、裁判所の判断により延期されなかつたかも知れないから、喜逸が約に反して右延期を求めなかつたとしても、原告の本件家屋の所有権喪失との間に相当因果関係はない。また、原告には調停申立をして避滞なく競売手続停止のための手続をとり競落を防止できたのに、これをしなかつた点に相殺さるべき過失がある、とと主張した。
〔判決理由〕喜逸は原告主張のとおりの合意により原告に対し競売期日の延期を裁判所に申請する義務を負担するにもかかわらず、これに違反し右申請をしなつかたものである。そして、抵当権にもとづく競売申立人からの延期申請により競売裁判所が競売期日を延期するのは通例であるし、また、原告は本件調停進行中本件家屋を売却して債務の整理に充てる準備をすすめ引渡命令の送達を受けた時には既に喜逸に対する元利合計を遙かに上廻る代金二八万円で他に売却する約で手付金を受領する寸前にまでなつたおり、右引渡命令の送達により右交渉は不成立に至つたことは証人<省略>の証言ならびに弁論の全趣旨により明かであるから、喜逸が原告との約旨にしたがい競売期日の申請をしたならば、たとえ右約旨が相当期間に限つて競売手続を延期する趣旨としても、当然原告は喜逸に対する全債務を弁済するなどの方法で本件家屋の競落を避けることができたと認められる。また、前認定のとおりの、調停期日において債権者の一部弁済の催告に債務者が直ちに応じるがごとき事情があれば、債務者の誠意などからして調停成立が予見できると解されるから、喜逸は競売期日延期の申請を怠ることにより本来避けることができる本件家屋の競落の結果を招くことを予見し又は予見し得たと解され、よつて、その右不作為と競落による原告の所有権喪失との間には相当因果関係があると解される。したがつて、喜逸は原告に対し本件家屋の所有権喪失による損害を賠償すべき義務がある。
被告らは、原告が調停申立後遅滞なく競売手続停止のための手続をとらなかつた過失は損害額の算定にあたりしんしやくされるべきであると主張する。しかし、民事調停法一二条の調停前の措置は執行力はないし、原告はその主張のとおり競売期日延期を喜逸に求めており、他に適切な措置もないから、原告にはしんしやくすべき過失はなく、右主張は理由がない。(野田殷稔)